AWS Startup ブログ

イベント記念デジタルグッズを SBTs で実現。カスタムの認証機能を 1 カ月以内で実装したプロトタイピングプログラム活用

wizOnChain株式会社は、興行イベントやエンタメコンテンツ、クリエイター向けの新たなデジタルグッズを開発する企業です。同社は専用のウェブアプリケーション「Mintice」上で購入や閲覧が可能な、期間限定で購入できるデジタル記念グッズ「Mint」を提供しています。「Mintice」では、譲渡できないデジタル資産である SoulBound Tokens(以下、SBTs)という技術が使用されており、所有証明・期間限定販売・転売防止を実現しています。

2023 年 11 月に開催された大規模音楽イベントで、wizOnChain 社はイベント主催企業と共同でデジタルグッズ「Mint」を販売しました。そして、開発期間が限られ技術的にも難易度の高かったこの「Mint」を実装するうえで、同社は AWS のプロトタイピングプログラムを有効活用しました。これは、AWS の知識や経験が豊富なソリューションアーキテクトが、お客さまに代わってシステムのプロトタイプを開発するというプログラムです。

今回はアマゾン ウェブ サービス ジャパン プロトタイプエンジニアリング本部 プロトタイピングエンジニアの深津 颯騎とスタートアップ事業本部 技術統括部 ソリューションアーキテクトの大越 雄太、スタートアップアカウントマネージャーの山田 隆太朗が、wizOnChain 社 代表取締役社長の金下 裕平 氏とプロジェクトマネージャーの加藤 祐也 氏にお話を伺いました。

*…サムネイル写真の撮影には、wizOnChain 社 共同創業者 取締役 CSO(Chief Sales Officer)の西川 忠志 氏にもご参加いただきました。

所有を証明でき、他の人に譲渡できないデジタル資産

山田:まずは wizOnChain 社の事業概要について教えてください。

金下:wizOnChain は、社名に「OnChain」と付いていることからもわかる通り、ブロックチェーンの技術をベースにした事業を展開する企業です。ただ、金融事業は行わず、思い出や記念のデータを所有する未来を目指しています。具体的には、他の人に譲渡できないデジタル資産である SoulBound Tokens(以下、SBTs)をコアの技術にしています。法人・個人を問わず誰でも SBTs の発行や取得を行えるプラットフォームサービスや、SBTs を取得・管理できる専用アプリケーションなどを開発・提供しています。

金下 裕平 氏

クリエイターやアーティストといった方々が期間限定で販売するデジタルグッズ「Mint」を、ファン向けに提供できるプラットフォーム「Mintice」がメインのプロダクトです。たとえば、何か大規模なイベントや記念日、誕生日などの際に、その催しのための「Mint」が発行されます。「Mint」を購入したファンは、そのグッズを個人での鑑賞や SNS を通じたファン同士の交流に使うことができます。

「私はあのときに⚪︎⚪︎のイベントに参加して、これだけ熱中していた」とか「あの記念日はたくさんアーティストを応援できたな」といった記録をデジタル上に残すことができます。かつ、譲渡できないデジタル資産として記録されるため「その人が、その日は確実にその『Mint』を購入していたこと」を証明できることが大きな特徴になっています。

難易度の高い認証機能を 1 カ月以内に実装

山田:ここからは、2023 年 11 月に開催された大規模音楽イベントと、それに向けた機能開発のことを振り返りましょうか。

金下:その音楽イベントは 1 万人ほどの来場が予定されており、このイベントの公式「Mint」としてアーティストの秘蔵写真や秘蔵映像などの購入者限定のコンテンツがアップロードされることになりました。

基本的に web3 の領域では、E メールとパスワードの組み合わせによる認証ではなく専用の公開鍵・秘密鍵ペアによる認証を利用します。しかし、イベントに来場する方の多くは web3 に不慣れなため、Web3Auth を使った認証機能を実装する方針にしました。web3Auth を使うと、ソーシャルログインなどを活用して web3 の認証を行うことができます。

6 月に MVP を開発し、本格的に開発が始まったのは 7 月からです。そして、いくつかの課題があったため、8 月下旬〜9 月上旬にかけて AWS の方々にご相談させていただきました。

深津 颯騎(写真左)、大越 雄太(写真右)

深津:イベント時には大量のアクセスが集中する可能性があるため、「負荷に耐えられるようにするには、どのようなアーキテクチャにするのが良いか」というご相談を最初に受けましたね。その打ち合わせをするなかで「他にもクリティカルな課題がある」とお話しいただきました。

X(旧・Twitter)の API  と Amazon Cognito 、Web3Auth を連携させることで、X を用いたソーシャルログインを実現できます。ただ、これらを用いた認証機能の実装方法は、当時公開されているドキュメントが存在せず、先行事例も見つかりませんでした。そこで、「この連携機能を、AWS がプロトタイピングプログラムで実装しましょうか」というご提案をしました。

加藤:X は他の SNS と異なる点があります。ほとんどの SNS は OAuth という認証規格に準拠していますが、X はしていない箇所があります*。そこで、X のみ専用の実装を行う必要があり、他の SNS と比べて技術的難易度が高くなっていました。その部分を担ってもらえてありがたかったです。

*…2024 年 5 月時点での仕様。

他にも、X の API や Amazon Cognito の呼び出し回数上限や動画暗号化のための DRM(Digital Rights Management)などの調査を行う必要もあったのですが、そうした調査も支援してもらいました。

加藤 祐也 氏(写真左)

大越:主な役割分担としては、web3 関連は深津さんが詳しいのでそれらの技術の調査や実装を、私は web2 関連の調査やアーキテクチャ構築などを担当しましたね。

深津:プロトタイピングに関する打ち合わせを 9 月頭にしてから、9 月下旬には SNS 認証のコードをお渡ししました。

金下:信じられないくらい早かったです。プロトタイピングプログラムがあったことで、プロジェクト全体のスケジュールにもはっきりとプラスの影響がありました。

AWS のサポートがシステムの品質向上につながった

金下:機能がある程度揃ってきたタイミングで「システムが各種の要件を満たしているか」についてもご相談しました。不足している部分、または調査が必要な部分については、山田さんから脆弱性検出のソリューションを提供する Snyk 社をご紹介頂くなど、包括的にサポートしていただきましたね。

深津さんの認証機能もそうですし、大越さんのアーキテクチャ構築についても本当に助けられました。「このくらいの規模のアクセスが来る場合、耐えられるアーキテクチャになっているか」や「システムの可用性や信頼性を向上させるために、何をしておくべきか」といったことについて、かなり高度なサポートをしていただきました。

加藤:これらのサポートに加えてさらにうれしかったのは、プロトタイプのソースコードを作っていただいた後にハンズオンを開催してくださったことです。コードの意図やデプロイ方法、アーキテクチャなどを、実際にシステムを動かしながら教えていただきました。

金下:そうしてイベント当日を迎えまして、ありがたいことにシステムのトラブルはまったく発生しませんでした。SNS では実際に「Mint」を購入された方々の投稿もたくさんあって、「意図した通りに動いている」と、メンバー一同すごく安心しました。

山田 隆太朗(写真右)

山田:最後に、「Mintice」の今後のビジョンについて教えてください。

金下:ユーザーが何かの体験をした際に、そのデジタル上の記念を所有できるプロダクトにしたい。そして、誰かが所有する「Mint」が他の人たちの目にも触れることで、新しい交友関係を生み出せるようなプロダクトにしていきたいです。

所有の証明に関する部分は引き続き web3 の技術を活用し、それ以外のサービスのインフラ部分は引き続き AWS を活用していくつもりです。そして、現在 Mintice で利用しているブロックチェーンの Polygon を AWS がサポートしていることに関心を抱いています。サービスとして、Amazon Managed Blockchain Access Polygon もあるようですね。

私たちはブロックチェーンに金融性を求めていないため、手数料が安価でありスケールし、かつパブリックで継続される Polygon に利点を感じています。

山田:AWS としても、今後はさらに web3 の開発に活用できるようなサービスを増やしていく方針です。今回はどうもありがとうございました。