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AWS サービスで SAP データを抽出するためのアーキテクチャオプション

はじめに

ガートナーの調査によると、企業内組織の 97% 近くのデータがで利用されずに眠っており、 87% 以上の組織がビジネスインテリジェンスと分析能力の面で成熟度が低いと分類されています。このような能力不足は、企業の成長を大きく制限し、自己改革ができないため、企業の存続にリスクをもたらす可能性があります。すべての企業は、自社のデータ分析能力を評価し、データ主導型企業への変革の道筋をつけるために迅速に行動しなければなりません。これは、顧客や市場機会への対応力を高め、急速に変化するテクノロジーや市場の中でより俊敏になるために不可欠な要素です。

データドリブンな企業として恩恵を受けた AWS のお客様をいくつか紹介します。

  • Moderna は、メッセンジャー RNA( mRNA )医薬品の新しいクラスを開拓しているバイオテクノロジー企業です。mRNA プラットフォームと製造施設を AWS の研究エンジンで活用し、Moderna は COVID-19 に対するワクチン候補( mRNA-1273 )の最初の臨床バッチを、ウイルスの最初の配列決定から 42 日後に第 1 相試験として米国国立衛生研究所( NIH )に申請しました。モデルナ社はAWS上で、SAP S/4HANA と Amazon RedshiftAmazon Simple Storage Service(S3)を連携することで業務を拡張し、研究実験環境の迅速な構築を実現しました。そして、実験環境と製造プロセスの自動化が創薬パイプラインとなり、ワクチンと治療薬候補の製造過程における法規制の適用もまた容易に順守することができるようになりました。
  • Zalando(ヨーロッパ最大のオンラインファッションプラットフォーム)は、デジタル変革の一環として、俊敏性の向上、IT メンテナンスの簡素化、将来対応可能なデータアーキテクチャの構築を目的に、SAP システムの AWS への移行を開始しました。世界最大級の SAP S/4HANA システムと緊密に統合された AWS 上のハイブリッドデータレイクにより、Zalando は顧客満足度を向上させながら、インサイトのコストを 30% 削減しました。Zalando は、Amazon Redshift、AWS Glue、Amazon S3 などのサービスを利用してデータレイクを構築しました。

SAP データをより活用するための最初のステップは、AWS データレイクに取り込むことです。これにより、新しい機会を発見し、ビジネス上の課題を解決することができます。このブログでは、SAP ERP または SAP S/4HANA のバージョンに基づき、SAP データを AWS に抽出するためのアーキテクチャオプションについて説明します。

Amazon AppflowAWS GlueAWS LambdaAmazon API Gateway などの AWS サービスと、SAP Data Services、SAP Data Intelligence などの SAP ソリューションに焦点を当て、ベースラインシナリオを提供する予定です。

Qlik、Bryteflow、HVR、Linke、Boomi など、SAP データの抽出、処理、分析を支援する AWS パートナーソリューションは数多く存在します。このブログでは触れませんが、AWS Marketplace をご覧いただくか、AWS の担当窓口にお問い合わせください。もし、これらの AWS サービスを導入する際にサポートが必要な場合は、AWS プロフェッショナルサービスや AWS Partner Discovery Portal に掲載されている AWS パートナーにも問い合わせることができます。

ソリューション検討

SAP システムからデータを抽出する際の考慮点は、大きく分けて 1/ コスト面と 2/ 技術面の 2 つに分けられます。

コスト面での検討事項

購入と構築

AWS と SAP を統合するために、開発者は最小限の開発にて実装することが可能です。独自開発を進めて行くことは、最初のうちは費用対効果が高いが、一般的に継続的なカスタムコードのメンテナンスが必要になります。一方、SAP ソリューション( SAP Data Services など )や AWS マネージドサービス( Amazon AppFlow など)、その他の商用オフザシェルフ( COTS )ソリューションには、高度に専門化したものが数多く存在します。これらのソリューションには、使いやすさを追求した多くの機能があらかじめ組み込まれています。TCO(総所有コスト)を考慮することが重要です。

ミドルウェアソフトウェアとクラウドネイティブの比較

SAP と AWS の統合にミドルウェアソフトウェアを活用すると、実行時のコスト(ソフトウェアライセンス)だけでなく、管理作業(インストール、パッチ適用、アップグレード)も追加されることになります。そこで AWS は、SAP と AWS を連携させるための管理労力と実行コストを不要にするマネージドサービスを導入しました。Amazon AppFlow は、ノーコードかつサーバーレスで SAP データを抽出し、さらにこのデータを SAP に書き戻すオプションを提供します。

SAP ライセンスへの影響

SAP からデータを抽出し、SAP にデータを書き戻す場合、SAP ライセンスの要件を考慮する必要があります。
注: SAP システムからのデータ抽出や書き込みを実施する前に、ライセンス契約を確認してください。

価格と価値

SAP Data Services のようなオフザシェルフのソフトウェアを購入する場合、1 つの料金を支払うことで無期限にソフトウェアを使用できる永久ライセンスを調達することができます。永久ライセンスでは、ある取り組みに対するコストとビジネス価値を判断することが難しい場合があります。Amazon Appflow のようなクラウドネイティブサービスでは、必要なフロー数とデータ量に応じた従量課金制を採用しています。この使用量に応じた支払い(ユーティリティ)モデルにより、特定のイニシアチブの真のコストと達成されたビジネス価値を理解することができます。

技術面での検討事項

データのプルとプッシュ

SAP データを抽出するメカニズムには、大きく分けて2つのタイプがあります。

SAP からデータをプルし、それを Amazon S3 のような AWS サービスに格納します。この方法は通常バッチで実行され、抽出ツールから SAP システムにアクセスできる必要があります。このアプローチはセキュリティ的に気になるお客様もいて、そのようなお客様によってはあまり好まれないかもしれません。
SAP から AWS へデータをプッシュします。この方法は、SAP Intermediate Documents(IDOCs)などの利用可能な方法を使用して、ほぼリアルタイムで抽出するのに適しています。

デルタ処理

マスターデータのような比較的小さなテーブルの場合、SAP データを抽出する際にフルロードを繰り返すことは許容されるかもしれません。トランザクションデータなどの大きなテーブルでは、パフォーマンスとコストの観点から、デルタの転送が推奨される場合があります。デルタ抽出では、前回の抽出以降に変更されたデータのみが識別されます。一般的な SAP の差分抽出メカニズムは、Application Link Enabling (ALE) Change PointersOperational Data Provisioning (ODP) Delta QueuesChange Data Capture (CDC)、最終変更日時のタイムスタンプ項目へのクエリなどです。

SAP アップグレードの影響

SAP ERP 6.0 またはそれ以前 ( SAP Business Suite ) を使用している SAP のお客様にとって、懸念されるのは、アップグレードにより、構築したSAPデータ抽出メカニズムへの影響でしょう。S/4HANA へアップグレードする時には、データベーススキーマの大きな変更が予想されるため、この課題を解決するために、データベースレベルの抽出を回避する必要になるかもしれません。

デシジョンツリー

上記のソリューションの考慮事項と SAP システムの実用的な側面を考慮し、お客様がどの方法で SAP データを抽出するのが適切かをガイドするために、デシジョンツリー(下記)を作成しました。

実用上重要な考慮点は、SAP Gateway が使用可能かどうかです。SAP Gateway を使用すると、OData プロトコルを利用して RESTful API 経由で SAPデータを連携することができます。OData は OASIS 標準の Open Data Protocol で、ISO/IEC で承認されており、HTTPS プロトコルで動作します。インターネットを介した安全な接続をサポートし、データ量に応じて拡張可能なハイブリッドマルチクラウド構成もサポートします。SAP Gateway を使うことにより、RFC や IDOCs といったレガシープロトコルに制限されることなく、SAP データを抽出するための幅広い選択肢を提供します。

  • SAP Gateway  が使用可能な環境である場合、次に考慮すべきは、現在稼働している SAP ERP のバージョンです。
    • 最新の SAP S/4HANA の場合、抽出に活用できる多くの既存標準 OData サービスを利用することができます。最新の S/4HANA では、2000 以上の既存標準 OData サービスがあります。これらの OData サービス のほとんどは、Fiori ユーザーインターフェイスに使う前提で作られたものです。大量なデータ抽出の場合、ODP を通じて SAP BW Extractors を活用することをお勧めします。SAP BW Extractors には差分、監視、およびトラブルシューティングのメカニズムが含まれているためです。SAP BW Extractors はアプリケーションコンテキストを提供するので、ターゲットシステムまたはデータレイクでの変換作業を軽減することができます。
    • SAP ERP 6.0 EHP7/8 の場合、既存の標準 OData サービスは限られていますが、ODP を通じて SAP BW Extractors を活用し、ほとんどの抽出ケースを実現することが可能です。
  •  SAP Gateway がない場合は、SAP ERP 6.0 EHP8 以前を使用している可能性が高いです。今後SAP のアップグレードを行った後、抽出メカニズムへの影響を心配されるかもしれません。この影響を最小限に抑えるために、ODP を介した標準の SAP BW Extractors、標準の BAPI、または標準の IDOCs を使用することをお勧めします。
    • カスタム BW Extractor、BAPI、IDOCS、データベース、ファイル抽出の方法もありますが、カスタムコードを自分で構築、運用、保守する必要があるため、総所有コスト( TCO )が上がる可能性があります
    • S/4HANA では RFC/BAPI と IDOCs を使用できますが、これらはレガシープロトコルであるため、抽出ツールの選択肢とネットワーク接続のオプションが制限される可能性があります。インターネット経由のアクセスは困難であり、これらのプロトコルはハイブリッドクラウド環境では最適に動作しない可能性があります。したがって、OData を第一の選択肢として検討することをお勧めします。OData はオープンデータプロトコルで、実装が柔軟であり、ハイブリッドマルチクラウド環境でもサポートされています。

図 1. AWS サービスで SAP データを抽出するためのガイドライン・デシジョンツリー

アーキテクチャデザインパターンの特徴

以下、上記のデシジョンツリーでタグ付けされている Architecture Design Patterns とその特徴をまとめます。SAP データの抽出方法を決定する際の参考になります。

No. アーキテクチャパターン 抽出方法 差分抽出

ミドルウェア

サービス

メリット

デメリット

SAP S/4HANA 又は ERP 6.0 EHP7/8、SAP Gateway あり、OData 経由
A1 S/4HANA 又は ERP 6.0 EHP7/8 の既存標準OData サービス 既存標準 OData サービス タイムスタンプ項目を検討

Amazon AppFlow

AWS Glue/Lambda

SAP Data Intelligence

SAP Data Services

・Amazon Appflow は、サーバーレスでノーコードのマネージド AWS サービスであり、SAP への抽出と書き戻しが可能です。
・AWS Glue/Lambda は、コードのデプロイ、メンテナンス、必要時のアップグレードが必要です。
・SAP Data Intelligence のサブスクリプションは、SAP BTP(Business Technology Platform)の一部で、従量課金モデルとなっている。SAP Data Services は、永久ライセンスが必要です。
A2  S/4HANA 又は ERP 6.0 EHP7/8 の Data Extractors (BW extractor) ベースの OData 標準 BW Extractors ( ODP ベース ) ODP で差分処理 ・BW Extractor を標準装備しているため、アップグレードインパクトが低い。
A3 S/4HANA 又は ERP 6.0 EHP7/8 のカスタマイズ OData サービス カスタマイズ OData ( ABAP CDS View ) タイムスタンプ項目を検討 ・カスタム ABAP CDS ビューとカスタム OData サービスのメンテナンス修正は、特にアップグレード中に必要となります。
ERP 6.0 EHP8 以前、RFC 連携、SAP Gateway 無し
A4 ERP 6.0 EHP7/8 以前のバージョンで、RFC 経由で Data Extractors (BW Extractors)呼出 秒準 BW Extractors ( ODP ベース ) ODP で差分処理

Amazon AppFlow

AWS Glue/Lambda

SAP Data Services

・AWS Glue/Lambda は、コードのデプロイ、メンテナンス、必要時のアップグレードが必要です。
・SAP Data Services は、永久ライセンスが必要です。
・カスタム BW エクストラクターと BAPI は、コードの開発、メンテナンス、および必要に応じて修正/アップグレードが必要です。
標準 BW Extractors BW Extractors で設定
A5 ERP 6.0 EHP7/8 以前のバージョンで、RFC 経由で BAPI 呼出 標準 BAPI タイムスタンプ項目を検討
カスタマイズ BAPI タイムスタンプ項目を検討
ERP 6.0 EHP8 以前、HTTP-XML、 SAP Gateway 無し
A6 ECC の全バージョン又は S/4HANA での IDOCs 標準 IDOCs IDOCs での差分処理 API Gateway/AWS Lambda ・IDOC のメンテナンスには SAP の知識が必要です。S/4HANA をお使いの場合は、より良いオプションを提供し、さらなる機能強化のためのアップグレードの影響を抑えることができる OData の使用をお勧めします。
・IDOC はバッチ処理だけでなく、デルタ変更もほぼリアルタイムでプッシュ処理することが可能です。
・AWS Lambda の機能では、コードの開発、メンテナンス、必要な場合のアップグレードが必要です。
・カスタム IDOC は、コードの開発、メンテナンス、必要な場合のアップグレードが必要です。
カスタマイズ IDOCs IDOCs での差分処理
ERP 6.0 EHP8 以前 、JDBC、SAP Gateway 無し
A7 ECC の全バージョン又は S/4HANA のデータベース データベース タイムスタンプ使用を検討 AWS Glue/Lambda ・データベースレベルのデータ構造は、アプリケーションのコンテキストが限られているか、全くありません。ターゲットで抽出されたデータに対して変換を実行するには、SAP アプリケーションの知識が必要です。
・SAP ECC または S/4HANA DB のライセンスはランタイムライセンスです。このため、データベースへの直接アクセスが制限されます。このメカニズムでは、追加のデータベースエンタープライズライセンスが必要になる場合があります。
・ECC から S/4HANA システムへのアップグレードが発生した場合、データベーススキーマに大きな変更が生じることが予想されます。
ERP 6.0 EHP8 以前、ファイル連携、SAP Gateway 無し
A8 ERP 6.0 EHP7/8 以前で BAPI とファイル経由の連携 フラットファイル タイムスタンプ使用を検討 AWS Glue/Lambda ・この方法は、SAP ERP 6.0 や S/4HANA などのバージョンアップでも使用できますが、カスタム開発とメンテナンスの労力が必要です。また、アップグレードにコストがかかる場合があります。
・システムが S/4HANA であるか、S/4HANA にアップグレードされている場合、代わりに OData ベースの抽出をお勧めします。

まとめ

本ブログでは、SAP データを AWS に抽出するためのアーキテクチャパターンを解説しました。各パターンは、デルタ処理、ライセンス、ランニングコスト、アップグレードの影響などの主要な考慮事項に基づいた長所と短所とともに説明されています。提供されるデシジョンツリーで、どのパターンのシナリオに適しているかを評価し、決定することができます。

以下は、役に立つと思われる参考文献です。これらは、SAP データが AWS に抽出された後に可能となる、より多くのエンドツーエンドのシナリオを概説しています。

詳細情報に関して、 SAP on AWSAmazon AppFlowAWS GlueAWS Lambda については、AWS の製品ドキュメントから確認することができます。

翻訳は Specialist SA トゥアンが担当しました。原文はこちらです。