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定年後も地元の病院に通えるか : 受付の裏側で進む、生き残りをかけた生成 AI の活用推進

本記事を読んでいる方の多くは、病院の待ち時間に悩んだことがあるのではないでしょうか。その一方で、全国の外来患者数は 2025 年にピークを迎えると見込まれており、214 の医療圏では 2020 年ですでにピークアウトしていると見込まれています (「資料ー第7回第8次医療計画等に関する検討会」より)。待ち時間が減るのは患者にとって良いかもしれませんが、病院にとっては直接的な収入減となります。働き方改革等による人件費増、物価・エネルギー価格高騰といったコスト増がさらに追い打ちとなり、病院の経営に深刻な影響を与えています。実際、2024 年の一般社団法人国立大学病院長会議の記者会見では 42 国立大学病院のうち 32 病院が赤字と報告されており、この中には東京大学医学部附属病院のような首都圏の病院も含まれます ( 国立大学病院長会議 記者会見資料 )。つまり、あなたが定年後しばしば病院のお世話になる時、地元の病院が頼れるかは予断を許さない状況ということです。

2024/11/21 から 24 にかけて開催された医療情報学連合大会では、待ったなしの病院の業務・経営改革について各病院の医療情報研究者や実務担当者より多くの発表がありました。AWS もブースの出展やスポンサーセミナーなどを開催させていただきました。本記事では当日講演頂いた恵寿総合病院様、東京大学医学部付属病院様の生成 AI 活用の取り組みを中心にご紹介します。

恵寿総合病院様 : 入退院サマリの作成に生成 AI を活用し迅速な情報連携を実現

能登半島に位置する恵寿総合病院様は、地域医療を支える重要な医療機関です。属する能登北部、中部の医療圏は合計 15 万人ほどの医療圏で、人口減少と高齢化は喫緊の課題です。集住の進行や在宅患者の増加など、外部環境の変化に伴い刻一刻と変化する医療ニーズへ柔軟に対応していくため、院内および患者のデータを集約・共有することによる機動性の向上とその実現を支える安全かつ弾力性あるクラウド環境の活用を進めています。データのデジタル化とモバイル端末での共有体制の整備は、2024 年の能登半島地震での緊急対応においても効果を発揮しました。

ご講演は 社会医療法人財団董仙会 恵寿総合病院 神野 正隆 様 より頂きました

地域医療の提供においては、他院との連携も不可欠です。カルテを基に転院先等に患者の情報を迅速かつを十分伝えることが理想ですが、多忙な医師の業務の中で時間の捻出と書き漏らしができない心理的なプレッシャーが課題でした。

そこで、生成 AI , Amazon Bedrock を通じ利用可能な Anthropic Claude 3.5 を利用しカルテからの退院サマリの作成、提案を試行され精度及び効果の検証を行われました。結果、退院早期の 5 日以内で 65.5% の作成率だったところ 81.1% に改善、さらに医師の心理的負担も優位に下がったと発表頂きました。

このように恵寿総合病院様は、生成 AI やデータ活用を通じて、限られた医療資源の中で持続可能な地域医療の実現に取り組んでいます。単なるデジタル化ではなく、医療サービスのプロセスそのものを変革する真の DX を推進されています。

東京大学医学部附属病院様 : 現場の業務改善から始める不退転の改革

冒頭でご紹介した通り、国立大学病院ではより経営状況が深刻です。42 の国立大学病院のうち 32 病院が赤字であると述べましたが、東京大学医学部附属病院様もその一つとして含まれています。効果の高い薬の開発は患者にとっての恩恵である一方、病院経営を圧迫しています。例えば、脊髄性筋萎縮症 (SMA) に対する遺伝子治療薬「ゾルゲンスマ」は 1 回の投与で 1 億円以上の費用がかかりますが、病院の利益は数百円程度に留まります。診療報酬の支払いには 2 ヶ月程度のタイムラグがあり、手続き等で遅延するとそれだけで資金ショートのリスクが高まります。このような状況下では医療サービス自体の提供形態の変化などが求められますが、その議論は道半ばです。

ご講演は東京大学医学部付属病院 企画情報運営部 副部長 井田 有亮 様 より頂きました

このような状況下で、東京大学医学部附属病院様は、医療制度及び医療サービスの改革を待つだけでなく、できることから着手する業務改革を進めています。特に、クラウドサービスを活用した院内インフラの設備投資最適化や、生成 AI を活用した医師業務の効率化を目指しています。医師の書類作成業務効率化では、診療情報提供書と退院サマリからどの程度の精度で返書の文章を生成できるか検証されています。診療情報提供書は PDF 、また退院サマリは複雑な Excel シートの場合もあるためスキャンした画像でも作成できるか検証され、各診療科の医師から実際使えそうなフィードバックが得られています。

今後は退院サマリ、看護サマリなど病院内での文書作成業務へのさらなる横展開を構想されています。

医療現場でセキュリティを担保した PoC を実現する AWS の支援

東京大学医学部附属病院様で利用された生成 AI の検証用環境は AWS がオープンソースで公開している Generative AI Use Cases ( 通称 GenU ) で構築されています。SaaS 等の形式で生成 AI の機能を利用する場合、入出力データの転送や保管について院内の基準に適合しない場合もあると思います。GenU は、ユーザー認証に加えてアクセス元の IP アドレス制限を行うことで限定されたユーザー、環境からのみアクセスを許可できます。GenU が利用する AWS の生成 AI サービスである Amazon Bedrock では送受信されるデータは暗号化されておりデータが第三者に参照されること、またモデル開発者の学習に使用されることもありません。Amazon Bedrock は東京リージョンでも利用できるため、ユーザーの利用とデータの流通は国内に閉じることが可能です。オープンソースであるため AWS の利用料のみでどんなお客様やパートナーの方も利用することができ、医療情報学連合大会ではネットワンシステムズ様が GenU のユースケースを医療向けに拡張したデモを展示されていました。

“Use Cases” の名前の通り、チャットや音声認識からの要約など「よく使う」ユースケースがデフォルトで組み込まれており、また「ユースケースビルダー」の機能を使用すれば画面操作のみで追加機能を開発し共有することもできます。

持続的な地域医療の実現に向けた AWS の支援 : 浜松医科大学様との連携

国立大学病院は地域医療の柱のひとつであり、東京大学医学部附属病院様が進めるように業務や医療提供のあり方の変革は喫緊の課題です。このような状況下で、AWS は 2024 年 11 月、国立大学法人浜松医科大学様と包括連携協定を締結し、静岡県内において持続可能な保健・医療・介護サービスの実現に向けた医療体制の実現とそれを支えるデジタルインフラの構築に向けて連携していくことを発表しました。浜松医科大学様は静岡県の地域医療体制の中核として、医療データの活用に関しては県内の各医療機関の診療情報を共有する医療情報基盤の実現を目指しています。AWS は、クラウドサービスや生成 AI ソリューションの提供を通じて、安全性の高い医療データ管理基盤の構築や医療機関間のデータ共有、連携の効率化を技術面から支援します。

本連携の先駆けとして、2024 年 4 月施行の医療従事者の働き方改革に対応するため、医療現場における生成 AI 活用プロジェクトを開始します。このプロジェクトでは、各職種の専門性を活かしたタスクシフトを行い、患者により質の高い医療を提供することを目指します。続く 2029 年には浜松医科大学の電子カルテシステム更新にあたり、浜松医療センターとのクラウドサービスを活用したシステム統合も検討しています。

体調が悪いときに地元の病院へ行けば一定の金額で治療を受けられる、私たちがあたり前と認識している日本の医療インフラは、「あたり前」ではない変革、チャレンジなくして維持できない局面に差し掛かっています。AWS は安全かつ柔軟、そして迅速に構築可能なクラウドと生成 AI の環境を提供することで、私たちの子供世代が定年を迎えるころでも変わらず持続可能である地域医療の実現に向けた医療実務者の皆様のチャレンジを支援していきます。本記事を読んでいる方はエンジニアの方が多いと思いますが、IT サービスに関連する会社だけでなく医療の現場でも IT のプロが求められていることを知っていただければ幸いです。